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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)5393号 判決

原告 産栄株式会社

右代表者代表取締役 鈴木行雄

右訴訟代理人弁護士 坂晋

被告 辰己縫製株式会社

右代表者代表取締役 橋本新治

〈ほか一名〉

右被告両名訴訟代理人弁護士 平井豊太郎

平井二郎

主文

一、被告辰己縫製株式会社は原告に対して金九〇、一〇〇円およびこれに対する昭和四一年八月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二、、被告橋本新治は原告に対して金四〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年八月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

三、原告のその余の本訴請求を棄却する。

四、訴訟費用は被告らの負担とする。

五、この判決は主文第一および第二項に限り仮にこれを執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

第一、被告会社に対する請求について

一、原告が昭和三九年九月一〇日被告会社に対し本件店舗を賃料一ヶ月二五、〇〇〇円の約で賃貸したこと、被告会社は昭和四一年七月三一日本件店舗を原告に明渡したことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、原告と被告会社は右賃貸借契約における賃料の支払期を毎月二八日限り翌月分を支払うことと定めたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二、≪証拠省略≫によれば、被告会社は昭和四一年一月一七日原告に対して本件店舗と本件居室の同年一月分の賃料合計金三五、〇〇〇円を弁済した事実が認められる。原告会社代表者鈴木行雄はその尋問に際し、≪証拠省略≫中「但店舗及家賃昭和四一年一月分」の記載は誤りであるというが、この供述を裏付けるに足りる証拠がないから、この点の供述は採用できないし、その他右認定を左右するに足る証拠はない。

従って、被告会社は昭和四一年二月分および同年三月分の賃料支払債務について、それぞれ同年二月一日、同年三月一日遅滞におちいったわけであるが、原告は昭和四一年三月二九日到達した書面で被告会社に対し延滞賃料を同年四月一日までに支払うよう催告し、もし右期間内に支払がないときは賃貸借契約を解除する旨の通告をしたことは当事者間に争いがないから、右賃貸借は同年四月一日をもって終了したものというべきである。

よって、被告会社は本件店舗の返還債務の不履行として同年四月二日から同年七月末日まで一ヶ月二五、〇〇〇円の割合による賃料相当の損害金を支払うべきものである。

三、次に被告会社の相殺の抗弁について判断する。

被告会社が本件店舗の賃貸借契約を締結するに際し、原告に対して権利金として金一五万円を支払ったことは当事者間に争いがない。

被告会社は本件店舗を賃借後二年内に原告に明渡す場合には権利金を全額返還する特約があったと主張するが、この点に関する被告会社代表者兼被告本人橋本新治尋問の結果は採用できないし、その他これを認めるに足りる証拠はない。

よって被告会社主張の権利金返還の請求権は認められない。

四、≪証拠省略≫によると、昭和三九年九月頃すでに本件店舗の隅まで引いてあった水道に加えて被告会社が費用九、九〇〇円を支出して右店舗の内部に上水道を設置したこと、そのことによって本件店舗の価値を増加せしめたことが認められる。

被告会社の設置したものは上水道設備であって、設置後一年一〇月にして本件店舗を明渡した事実から見ると、明渡当時その支出した金額に相当する増加利益が現存しているものと推認するのが相当であって、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして被告会社代理人は昭和四二年七月一八日の本件口頭弁論期日において右の支出額と増加額とが同額であると主張してその支払を求めたことは原告代理人にその選択を求めた趣旨と理解され、当日原告代理人において右支出額、増加額いずれも争う旨陳述したことは仮に証拠上いくばくかが肯定されるときは、その安価な方を選択する態度を示したものと理解される。

しかし両者が同額な場合については、選択があったものとは言えないから、結局昭和四二年一二月二一日の本件口頭弁論期日までにその選択権は被告に移ったものというべきである。

被告代理人は右期日において支出額を主張し、それに付加してその利益が現存している旨陳述したところから見ると、その支出額を選択したものと認められる。

五、被告会社は本件店舗前の道路を舗装し、本件店舗の価値を増加させたと主張する。

≪証拠省略≫によると、橋本は本件店舗の前の道路を都が舗装するに際し、雨水が店舗の方に入らないようコンクリート工事をしたというのであるが、右供述によると右工事は都から道路の舗装を請負った業者が余録として道路舗装の際に行った工事で、橋本新治自身右工事費用を三〇〇〇円くらいに予想していたのに、一四、〇〇〇円もかかったがその受取は発行して貰えなかったというのであるから、右一四、〇〇〇円の費用が果して適当な価格であったかどうかについて疑問をさしはさむ余地があり、またこの点に関する原告会社代表者尋問の結果と対比して見ると、橋本の前掲供述についての裏付となる証拠のない本件では、直ちに右橋本の供述を採用することは困難である。その他被告会社の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

よって、被告会社の道路舗装による有益費償還請求の主張は採用できない。

六、以上のとおり、昭和四一年一月分の賃料は弁済により消滅し、なお被告会社が昭和四二年一二月三一日の本件口頭弁論期日においてなした相殺の意思表示は右に認定した有益費償還債権金九、九〇〇円の範囲においてその効力を生じたから、これによって原告の本件の延滞賃料および損害金を求める債権は、被告会社が右有益費償還債権について請求することができる日である昭和四一年四月一日にさかのぼって対当額の限度で消滅したものといわなければならない。

よって、被告会社の昭和四一年二月分、三月分の賃料は原告の敷金による相殺によって消滅し、同年四月一日から同年七月末日までの賃料および賃料相当の損害金合計一〇万円の内九、九〇〇円は、被告の前記相殺により消滅したから、右の残額九〇、一〇〇円とこれに対する被告会社が遅滞におちいった後である昭和四一年八月一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてこれを正当として認容し、その余は失当として棄却すべきものである。

第二、被告橋本に対する請求について

一、原告と被告橋本との間に、昭和三九年八月四日、賃料一ヶ月金一〇、〇〇〇円の定めで本件居室の賃貸借契約が成立したこと、被告橋本は同年七月三一日本件居室を原告に明渡したことは当事者間に争いがない。賃料の支払期に関する原告の主張事実については、これを認めるに足りる証拠はないので、賃料の支払時期についての定めがないものとする外なく従って、毎月末にその月の賃料を支払うべきこととなる。

二、被告橋本は昭和四一年二月分の本件居室の賃料を弁済したというが、この点に関する前掲橋本新治尋問の結果は採用できないし、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

よって、被告橋本は昭和四一年二月分および同年三月分の賃料支払債務についてそれぞれ同年三月一日、同年四月一日遅滞におちいったものというべきである。

そして原告が昭和四一年三月二九日到達にかかる書面で被告橋本に対し同年二月分、三月分の賃料を同年四月一日までに支払うよう催告し、もし同日までに支払がないときは賃貸借契約を解除する旨の通告をしたことは当事者間に争いがないから、右賃貸借は同年四月一日をもって終了したものというべきである。

従って、被告橋本は同年四月二日から同年七月末日まで本件居室の返還債務の不履行として一ヶ月金一万円の割合による賃料相当の損害を賠償すべきものである。

三、そこで相殺の抗弁について判断する。

被告橋本が本件居室の賃貸借契約の締結に際して、原告に対して権利金として金三〇、〇〇〇円を支払った事実について当事者間に争いがない。

被告橋本は本件居室を賃借後二年内に原告に明渡す場合には権利金全額を返還する特約があったと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。従って被告橋本の右の相殺の抗弁は理由がない。

四、以上により、被告橋本の昭和四一年二月分、三月分の賃料債務は原告の敷金との相殺により消滅したが、昭和四一年四月一日から同年七月末日までの賃料および賃料相当の損害金合計四万円は残存しているものといわなければならない。

よって、原告が被告橋本に対して金四〇、〇〇〇円およびこれに対する被告橋本が遅滞におちいった後である昭和四一年八月一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延利息の支払を求める本訴請求は正当として認容すべきものである。

よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項但書、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚正夫)

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